事実
「あのう・・・車なんですけど・・・」
さっきよりも控えめな口調だったが、言ってる事は変わらない。
そんなに車を動かしたいのか。誰だか知らないが僕に聞かれたって困るのに。
イラ立つ気持ちを抑えて、足を止めて聞いてみた。
「さっきも言ったとおり動かさない方が良いと思うんですが、失礼ですけどどちら様ですか?」
「あ・・・あの私、運転していた者なんですけど・・・社用車なのであの・・・」
「社用車だと・・・なんだって言うんですか?」
そうか、こいつが事故の相手なのか。じっと目を見ているとゆっくりと怒りが込み上げて来た。
車を見ると、なるほど社名と商品名が入っている。隠したくなるのも分からないでは無い。
「あの・・・状況が分かってます?バイクの人、亡くなられてるんですよ?」
何かを言いたそうに、しかし黙る相手を見て怒りが更に込み上げてきた・・・止められない。
「分かってるんですか?自分が何をしたのか、その結果まで全部分かっててその上で、
社用車で社名が書いてあるから邪魔でもない車を動かしたいって言うんですか?
まさかとは思いますけど逃げてもらっても困るし、車のキー預からせて貰えます?」
感情に任せて一気にまくし立てると、相手が手に持っている車のキーをひったくった。
相手は完全に黙りこくってしまった。が、今度は向き合ってるこっちが沈黙に耐えられなくなった。
深呼吸して気持ちを抑える・・・出来るだけゆっくり、静かに話し掛ける。
「だいたいなんであんな車線変更したんです?後ろからバイクが来てるのは分かってたでしょう?」
「バイクが来てるのは分かってたんですけど、あっと言う間に近づいて来て・・・それにぶつかってはいないんです。」
てっきりぶつかっているものだとばかり思っていた僕は聞き返した。
「ぶつかってなかったらバイクが宙を舞うのはおかしいと思うんですけど?」
「ぶつかったのはバイクが飛んで落ちてくる時で、追突はされてないんです。」
憔悴してる風だがそこだけはっきりと言うので車を見に行くと、確かに車の後部に傷は無い。
かなりの速度のバイクが追突していれば大きな損傷がある筈だろうに・・・。
代わりにオイルらしき斑点と、左のフロントフェンダー周りに傷が付いていた。落ちてきた時って言うのはこれだろう。
自分が、離れているとは言え後ろから見ていた光景と、追突はしていない車の状況がどうにも整理が出来なかった。
「どういう事でどうなったのかはわかりませんけど、バイクが単独で転んだにしても関係はありそうですし、
やっぱり動かさないで警察を待った方が良いと思いますよ。」
誘因事故の説明をするとわかってもらえた様だったので、相手に車のキーを返した。
持っていたくも無いのが本音だったけども。
まだ相手は何か話したそうにしていたが、僕も警察に証言をするつもりだし、
ここで今、事故の状況についての話を聞く訳には行かない。聞きたい気持ちはあったが。
遠くから、パトカーのサイレンが聞こえてきた。
続く