札幌冬の陣 プロローグ
毎年、年度末を控えたこの時期に、男の所属する消防団では慰安旅行に出かける。
今から10数年前・・・男が入ったばかりの頃の消防の旅行といえば
所謂『飲む・打つ・買う』が揃っていなければならないとされていた。
酒はほんの付き合い程度。女はやらず、酒も付き合い程度にしか飲まない男にとって、
しかし、それでもその旅行は毎年の恒例行事として楽しみにしていたものであった。
今年の旅行の行き先が札幌だという事は、既に、
去年の博多旅行からの帰りの飛行機の中で決定事項の様に語られていた。
札幌は消防団の旅行では既に数回行った馴染みの土地だったが
思えば、皆この頃から今回の旅行を楽しみにしていたと言える。
雪祭りの終わった後の中途半端な時期でも、北の大地には、何かがあるのである。
比較的趣味や遊びの範疇の狭い男は、札幌へ行くと必ずスノーボードに行っていた。
北海道の人間にしてみれば時期外れでバーンも堅いのかも知れないが
伊豆に住んでいる男にしてみれば、滅多に味わえないパウダースノーである。
しかし、今年は事情が違っていた。ある人との約束があったからである。
遡る事数年前。やはり消防団の旅行で札幌を訪れていた男は旅行の最中、
ある人物にメールを出した。ある人のサイトで知り合い、
互いのサイト等も行き来していた柏倉恭三氏、その人である。
本当にちょっとした、驚いた返事をしてくれるかな?
程度の気持ちで送ったメールに対し、氏は意外な返事を返して来てくる。
『じゃあ新千歳まで見送りに行くよ』
今だから言うが、この当時男にとって氏は、どの位の距離が妥当なのかが掴めずに
遠慮に遠慮を重ね、電話はおろかメールもそうそう気軽には出せずに躊躇する・・・
そんな対象であった。フレンドリーに、気さくに気軽に接する間柄になりたいが故に
そういった態度に出て図々しい奴であるとの烙印を受けるのが怖かったのである。
だから、旅行で北海道に行くと決まっても事前にメールが出来なかった。
そんな男に対して氏は、本当に新千歳空港まで来てくださり、お昼を一緒にして
『じゃあ、ツーリングでも旅行でも次に来る時は事前に言ってねぇ』
と、再会を約束までして下さったのである。この約束は男の胸に強く、
そして深く、夏の木陰の様に色濃くくっきりと刻まれたのである。
本編