春の夜の事



『春』とは言うものの、身体に当たる風には未だ冬の冷たさが残る。
陽のとうに落ちた市街をバイクで走るのならば、尚更だ。
しかし、ライダースの隙間から入り込んでくるそんな寒さも僕にはむしろ心地よかった。

ふとメーターの燃料計を見る・・・給油をしないと帰れそうもなさそうだ。
(その他は止まらずに帰ろうか、途中で小休止しようか・・・)考えているのはそれくらいの事。
日付が変わって月曜になるまであと数時間。車の流れは極端に少なく走りやすい。

60km毎時程で流れる車の間を、僕は70km毎時程で縫う様に走る。
片側ニ車線の広い国道でそのスラロームは、バイクとの一体感を確かめる儀式みたいな物だ。
数台の車の集団を抜けると目の前に一台の先行車もない真っ暗な空間が現れた。
僕は、左手でガソリンタンクを「ぽんぽん」と叩いてからシートに座り直し
6速から4速に落とす。アクセルを軽く煽って回転数を合わせ、クラッチミートと同時に加速。

車速が100km毎時に近づいたところで遠くの信号が赤に変わったのが見えた。
(まぁ・・・良いさ。信号はいつもの事だし、バイパスに入ってからが本番だもの。)


信号を見ながら早めにある程度車速を落とし、惰性で停止線まで進む。
と、僕の左側から明らかに大型バイクと分かる始動音が耳に入った。国道沿いの飲食店の駐車場からだ。
チラと見るが車種の判別までには至らない。ただ、フルカウルの大型バイクなのは分かった。

視線を前方に戻すと停止線は近かった。右車線のままで信号で止まる。
やけに長い信号だと思ったら交差点が少し特殊な形をしている為らしい。
まだ少し待ちそうなのでグリップから手を離して上体を起こすと
後ろから大型バイクの排気音が近づいてきた。さっきのバイクは、同じ方向だったのか。

近づいてくる社外マフラーの音は、当然隣に並んでくるだろうと思っていた、
僕の予想に反して僕から少し離れた後方に停車した。
(なんで僕の隣に並ぶなり左車線に出るなりしないのか・・・)
僕が想像するより先に答えが分かった。
大型バイクは車線境界線に停車して自分の隣に止まった車の人と話をしていたのだ。
バイクも社外マフラーならその車も社外マフラーで、声は自然と大きくなる。
「・・・・・・nだろ?爆音だけどいい音しt・・・・・・」
細部までは聞き取れないが友達同士で楽しそうな雰囲気なのとバイクが隼なのは分かった。


(っと、ミラー越しでもあまりじろじろと見る物じゃないよな・・・)
僕が視線を信号に戻すと、ちょうど交差している信号が青から赤に変わった。
クラッチを握り、シフトを一速に入れる。何時の間にか左車線にはタクシーが止まっていた。
後ろからは隼の、その秘めたる力を誇示するかの様な排気音が響いてくる。
(世界最速と250NKじゃ勝負にもならない・・・取り敢えず発進して、先に行かせよう)


そう決めたと同時に信号が、赤から青に変わった。


僕は自分の手足を動かすかの如く、バイクを加速させていく。
速度計の針が80km毎時を指そうかと言う時に後方から暴力的な排気音が一気に近づいてきて
世界最速の鉄の馬は、乗り手と共に僕の左側を駆け抜けて行った。

その速さと、幾ら深夜とは言えまともじゃない乗り手のアクセルの開け方に呆気に取られ、
そのまま見送ると隼は予定通りの動きの様に少しだけ速度を緩め、更に加速をしていった。
隼と比べれば遥かに遅いが僕だって後続の車よりはだいぶ速い。
隼が速度を落とした地点には、自動速度取締装置が設置してあったのだ。
念の為に僕も速度を少し落としてその地点をやり過ごし、隼に視線を戻す。





そうして、僕が見た物は





何時の間に現われたのか、僕の居る右車線の遥か前方を走る車の小さなテールライト。
左車線を走りながらその車に猛追する世界最速の鉄の馬のテールライト。
打ち合わせ済みのカースタントの様に、隼に体当たりするかの様に車線変更する車のテールライト。
不規則に点滅しながら、そして揺れながら道路の左側に更に寄る隼のテールライト。
そして隼のテールライトは一瞬消え、車のブレーキライトが点灯。
一気に詰まる僕と車との距離。とっさにハイビームにした中で縦に回転する隼。





何が起こったのか、一瞬で理解した。
そうして、僕の長い長い夜が始まった。






続く