戻って来い!!



ハイビームの中に見えた一瞬の光景はまるで、映画か良く出来たCGに見えた。


車速を更に上げてハイビームのまま左車線に止まった車に一気に近づきながら
車線境界線上に止まった隼の周辺を見るが乗り手は見えない。何所だ?
見つけられないが兎も角減速し、止まっている車の後方にバイクを止めようとすると
左車線を塞ぐ様に横たわる人に気付いた。居た!!転倒して直ぐにバイクから離れたらしい。
ハザードランプのスイッチを入れて、人と車の間を通って歩道にバイクを停めて・・・ヘルメットがもどかしい。

植え込みにヘルメットを放り投げ、グローブを外しながら横たわる人に駆け寄る。
その存在に気付いてからずっと見ているのに微動だにしないその人にイヤな予感を覚える。

「もしもーし!!大丈夫ですかー?!」

第一声は、自分でも驚くほど大きな声が出たが、裏返る寸前で、震えている。
左車線を塞ぐかの様なその人は、幾度か回転した末に止まったそのままなのだろう、
上半身が横向きなのに下半身は仰向けになっている。

迂闊には動かさない方が良いと思っての事ではなく、恐ろしくて触れる事が出来なかった。
僕は上半身より更に横を向きかけて半ば下を向いたヘルメットの正面に向かって、
自分も路面に顔をすりつける様にして覗き込みながら続けて声をかけ続ける。
ほんの僅かで良い・・・反応して欲しかった。動いて、生を表して欲しかった。

「もしもし?!おい!!聞こえてるか?!」

何度目かから、かける声は命令に近い口調になっていく。
肩に手をかけ、ヘルメットを覗き込む様にしたまま声をかけ続けるが、
フルフェイスのヘルメットの正面から見えるのは、本来なら目と鼻の筈なのに、
鼻と口の上端ほどの部分だけ。その鼻からは、静かにしかし大量に鼻血が流れている。
脈動も、呼吸によって波打つでも無く、静かにとうとうと血液が流れ出て行く。
ヘルメットのずれと大量の鼻血から、頭部への衝撃は容易に想像出来た。

脈を探すが手首のどこを探っても見つけられない。頚動脈でも見つけられない。
手首も首も、触れれば温かいのに脈動がない・・・確信がその濃さを増し、寒気が襲ってきた。

と、不意に周囲が明るくなって僕は明かりの元の方に目を向けるとそこには、
四輪車が一台、僕と横たわる彼を照らす様に左車線に止まっていた。
その白いスポーツカーには見覚えがあった。先の信号待ちで彼が話し掛けていた車だ。
一瞬、彼に視線を戻して再び白い車を見ると、運転席から人が飛び出してきた。

「どうしたんですか?!大丈夫ですか?!」

車から降りて来たのは若い男、大学生かそのくらいだろうか。
かなり慌てているその姿を見た僕は、少し冷静になれた。

「事故ったみたいだ。君の車はそのまま置いててくれるかな?車も走ってくるだろうし、動かさない方が良いと思うんだ」
「分かりました、ライトどうします?」

立ち上がると、男の向こうに向かってくる車の流れが見えた。

「取り敢えず点けたままにしておいて、交通整理を頼めるかな?」
「分かりました!連れが居るので二人でやります!あの・・・お願いします!」
「轢かれたりしないように気をつけてね!!」

見ると、白い車の後方に並んでもう一台車が止まっていた。
その車に走っていく姿を見て、『お願いします』が『隼乗りの彼の事を』言っている事に、
そして、今この状況で僕は頼られている事に。

(何が出来る?今僕に出来る事は・・・何か無いか?・・・救急車だ!救急車を呼ばないと!)

自分の革ジャンのポケットを探り、携帯電話を探すが見つからない。
バイクのタンクバックに入れた事を思い出してバイクに駆け寄ると
物音を聞きつけた近所の人だろうか、寝巻きに上着を羽織った人が目に付いた。考えるよりも駆け出す。

「すみません、近所の方ですか?交通事故なんですが家の電話で救急車を要請してくれませんか?」

続けて、携帯電話よりは固定電話の方が良い事と、詳細な位置を知らせる必要性を意識してゆっくりと、
でも一気に説明すると引き受けてもらえた。横たわる彼のところに戻ろうと振り向くと
こんな時間にネクタイ姿の人が数人、こちらに走ってくるのが見えた。
どう言う訳か僕の方に真っ直ぐ向かってくる・・・連れだと思われているのだろうか。
でもそんな事はどうでも良い、念の為に交通整理の応援と、救急と警察への通報をお願いする。

携帯電話で、自分でも通報すると既に第一報は入っているらしかった。
横たわっている人の傍からだと告げると様子を聞かれたので改めて見ると、
ほんの僅かな時間離れていただけなのに、鼻血はアスファルトよりも黒く広がって影の様に見えた。
その黒い広がりと、意味するところにぞっとして言葉に詰まりしどろもどろになり、
兎に角急いで欲しいと頼んで携帯の電話番号を告げて電話を切った。

電話を切ると同時に足の感覚が消えて、彼の横にへたり込んだ。
鼻血は最初の頃よりも細くなっていた。ぐったりとしたままの彼の手を握り、
僕は今までよりも大きな声で呼びかけていた。




「ふざけんな!!戻ってこい!!死んじゃだめだ!!戻ってこい!!戻ってこい!!戻ってこい!!戻ってこい!!」





自分でもどこから出てくるんだと思える程の大声で呼びかける。叫び続ける。
しかし、流れ続けていた鼻血が見る間に細くなって行き、遂に最後の一滴を落として止まるのを見た時・・・





もう、それ以上声は出てこなかった。自分の手足が、身体全体が、ひどく重く感じた。






続く